今日の美術・デザインと奇想 - 奇想の美術・デザイン研究所

「奇想」は「奇想天外」の同義語であり、「思いもよらない奇抜な考え」を意味する言葉です。では、「奇想」の美術・デザインに触れることの意義は何なのでしょうか。
私(管理人)は、「奇想の美術・デザイン」は娯楽として楽しめることはもちろん、私たちの創造力を刺激し、活力や発想のヒントを与えてくれるものと考えています。美術やデザインというと専門的な知識が必要で素人には制作できないものと思われがちですが、そのようなことはありません。「美術」作品に関しては今や誰もが気軽に創れるものですし、手軽におこなえる「デザイン」もたくさんあります。
そこでこのページでは、今日の美術とデザインそれぞれにおける「奇想」を考えるにあたり、前提となる内容について解説します。
当サイトでは奇想天外な作品を「美術」と「デザイン」の2つのカテゴリーに分けていますが、まずは両者の違いについて説明しましょう。
「美術」は、「アート」や「芸術」とも言い、作者が自己表現をした作品です。
対して「デザイン」は、作者の自己表現ではなく、何らかの目的のために設計されたものです。ただ、デザインの場合はそこに作者の自己表現、つまり美術の要素が加わることがあります。これは当サイトで紹介する遊戯的なデザインの場合に顕著です。特にアニメ・小説・ドラマ・メディアコンテンツなどは得てしてデザインと美術が融合したものですが、これらはエンターテイメントのデザインという意味で「デザイン」のカテゴリーに分類しています。
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美術における「奇想」を考えるにあたり、今日の美術について説明しましょう。
哲学者の鶴見俊輔は著書『限界芸術論』において、芸術の非専門家同士で発信&享受される芸術を「限界芸術」と定義しました。具体例としては落書き・おどり・鼻唄・漫才・手紙・祭りなど、私たちが日常生活で実践している表現が挙げられています。つまり限界芸術とは私たちが何気なくおこなっている表現行為すべてであり、この視点に立って考えれば、たとえばインターネットでイラストを描いたりホームページを作ったりする行為も限界芸術であると言えるでしょう。

今日、インターネットの普及により、芸術の専門家でなくとも誰もが手軽に作りたいものを作り、発信できるようになっています。つまり、今や誰もがアーティストになり得るわけです。そして今日のインターネット上には、Twitterなどを見ていても分かると思いますが、落書きイラストなどの限界芸術がたくさん溢れかえっています。
このような表現環境がある今、ぜひ「奇想」の美術に関する情報を通して表現行為を楽しむためのヒントを見つけてもらえたらと思います。
【関連書籍】鶴見俊輔『限界芸術論』
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デザインにおける奇想を考えるにあたっては、モダンデザイン(近代デザイン)の歴史をざっくりと振り返ってみましょう。モダンデザインとは、簡単に言うとシンプルで使いやすさを重視したデザインのことです。
18世紀後半にイギリスで産業革命が起き、蒸気機関による機械制工場が登場したことでモノを大量生産できるようになりました。しかしながら、当時の大量生産品は質の低い粗悪なものばかりでした。
そこで「デザイン」の力で機械化によって生み出されるモノを美しく、かつ使い勝手の良いものにしていこうとする「モダンデザイン」の動きが始まります。モダンデザインの歴史は、分かりやすく簡潔に説明すると、アーツ・アンド・クラフツ運動→ドイツ工作連盟→バウハウスという流れで展開されました。
モダンデザインの最初の動きは、1880年代に始まったアーツ・アンド・クラフツ運動です。アーツ・アンド・クラフツ運動とはイギリスの思想家・デザイナーであったウィリアム・モリス(1834-1896)が主導したデザイン運動で、機械化自体を否定し、産業革命以前(=中世)におこなわれていた職人による手仕事を復活させようとしました。モリスは手仕事、つまりアートやクラフトによってのみ美しいモノができると考えたのです。
たとえば次の壁紙はモリスがデザインした「いちごどろぼう」という名前のもので、丁寧な手作業によって生み出されたデザインの作例です。
ウィリアム・モリスの壁紙「いちごどろぼう」

ウィリアム・モリスの壁紙「いちごどろぼう」

画像出典:FIQ online

しかし、入念な手作業には当然コストがかかるため、どうしても高価になってしまい、一部の富裕層にしか行き渡りませんでした。そこで手作業による生産をやめ、機械生産によって生み出される製品を良いモノにデザインにしようと考え方を180度変えたのがドイツ工作連盟です。
ドイツ工作連盟とは1907年にドイツで設立された、ドイツの建築家ヘルマン・ムテジウス(1861-1927)が中心となって活動した団体です。
当時はネジ,ボルト,ナットといった部品までもが企業によってサイズがバラバラで、統一されていませんでした。そこでドイツ工作連盟はそのサイズを一律にすることで製品の見た目を統一する「規格化」を取り入れました。この「規格化」によって、見た目が美しく、なおかつ大量生産しやすい製品が実現できたのです。 たとえば、ドイツ工作連盟の一員であった、20世紀ドイツのデザイナーであるペーター・ベーレンス(1868-1940)のAEG電気ケトルが作例として挙げられます。
ペーター・ベーレンスのAEG電気ケトル

ペーター・ベーレンスのAEG電気ケトル

画像出典:Wikipedia

アーツ・アンド・クラフツ運動の頃とは打って変わって、シンプルな形状になりました。
こうしたシンプルな製品をより洗練されたものへとデザインしたのが、バウハウスです。
バウハウスとは1919年にドイツで設立された造形学校で、デザインなどに関する総合的な教育をおこないました。ドイツの建築家であったヴァルター・グロピウス(1883-1969)が創立者です。
バウハウスでは機械生産の時代に適合するデザインについて考え直す造形教育がおこなわれ、シンプルながらもドイツ工作連盟の製品より一層洗練されたスタイリッシュなデザインが生み出されました。
たとえば、グロピウスと共にバウハウスで教員を務めていたマルセル・ブロイヤー(1902-1981)のワシリー・チェアが一つの作例として挙げられます。
マルセル・ブロイヤーのワシリー・チェア

マルセル・ブロイヤーのワシリー・チェア

画像出典:Wikipedia

この製品はあくまでほんの一例ですが、形状よりも機械生産のしやすさや使い勝手に重きを置いたデザインです。モダンデザインはバウハウスによって完成形に到達しました。
以上のように、今日「モダンデザイン」と呼ばれるデザインはバウハウスに影響を受けたものです。
しかし、モダンデザインは使い勝手のみに偏重しており、どこかつまらないものになってしまっているのも事実。そんな中、どのようにして装飾性や遊戯性といったものを盛り込んでいくかは今日におけるデザインの課題です。(そして今日ではデザインの対象もプロダクトに限らず幅広くなっています)
デザインにおける「奇想」を考える意義のひとつは、そこにあると言えるでしょう。
【関連書籍】ニコラス・ペヴスナー『モダン・デザインの展開:モリスからグロピウスまで』
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