宮武外骨の「滑稽新聞」- 美術・デザインにおける「遊び」の発想法

滑稽新聞とは、かつて日本のジャーナリスト(新聞記者,編集者)などとして活動していた宮武外骨(みやたけがいこつ、1867-1955)が刊行した新聞のタイトルです。
明治34年(1901)から明治41年(1908)まで続いており、たとえば以下のような伏せ字と思わしき「◯◯」ずくめの記事が挙げられます。
宮武外骨の滑稽新聞

滑稽新聞の1記事

画像出典:天野祐吉のあんころじい

気付いたでしょうか。実はこの記事、◯の部分が伏せ字になっておらず、◯以外の文字をつなげてそのまま読んでいくと意味の通る文章になっています。
当時、政府による検閲が非常に厳しく、新聞も伏せ字だらけになっていました。宮武外骨はそうした政府の検閲をおちょくり、「今の◯◯軍◯◯事◯当◯◯局◯◯◯者は◯◯◯◯つ◯ま◯ら◯ぬ◯◯事までも秘密◯◯秘密◯◯◯と◯◯◯云ふ◯◯て◯◯◯◯新聞に◯◯◯書か◯さぬ」などと悪口のようなことを書いて風刺したのです。
このような、言葉を用いた一種のイタズラ&ブラックジョークのような遊び心は、何かの創作に活かせるかもしれません。
【関連書籍】『宮武外骨・滑稽新聞 全7冊セット〈全6冊+別冊1〉』
Tweet

>>戻る